
※1990年に東西が再統一されドイツ民主共和国は消滅
前回、映画「グッバイ、レーニン」を観てDDR博物館へ行ったことを懐かしく思い出した。
「グッバイ、レーニンを観た話はこちら2018年の夏、ベルリンに初めて行った時のこと。ベルリンと言えば私が中学生の時に「100年は崩壊しない」と言われていたベルリンの壁が崩壊し、連日ニュースで放送していたのを覚えている。しかし、ベルリンに行くまでそれ以外の事について調べたこともなければ、この年齢になるまであまり興味を持ったこともなかったので、そもそもドイツがのどこに存在するのかさえも知らなかった。
結構勘違い知れいる人も多いかもしれないが(私がその一人だった)第二次世界大戦で敗戦したドイツは西側を資本主義のアメリカ、イギリス、フランスが占領、東側を社会主義国のソビエト連邦が占領。ベルリン市は東側に位置していたのだが、ベルリン市内も東西に分裂したため言わば飛び地状態だったらしい。
下の画像の赤い部分がベルリンです。

東ドイツと聞けば、社会主義国家によって秘密警察シュタージに監視され自由がなく、物資もなく失業者が多いといった暗いイメージを勝手にもっていたのだが、この「DDR博物館」へ行って印象が随分と変わった。
確かに、アメリカ、イギリス、フランスによって占領下に置かれた西ドイツはヨーロッパ復興支援計画の援助を受け、鉄鉱山などの資源も豊富にあったため敗戦から5年後には配給制度も終わり、戦後の復興は早かったのに対し、東ドイツはソビエト連邦が戦争の賠償として資源を丸っと持っていかれ、配給制度も戦後13年間も続いていたと聞けば、よっぽど貧しい暮らしをしていたのだろうと想像する。
しかし、豊かさや自由を求めて西ドイツに亡命する東ドイツ市民が後を絶たなかったため、ベルリンの壁が建設され東ドイツの市民の数の減少がとまり、経済が動きだす。
そんな当時の生活が見れるのがこのDDR博物館なのだ。

資源が限られていたため、プラスチックで作られているが、その分デザインや色で楽しむことができるキッチン用品。
しかもこれ買って帰れます。はい、買って帰りました。色も黄色や赤、オレンジと豊富だったので全色買いました。
その他にもヌーディストビーチで大勢が海水浴している動画や、当時のキッチンや寝室、応接間などの再現された各部屋が展示されており、必ずしも「暗い生活だけ」だったわけではない事が分かる。
確かにベルリンの壁による悲劇があったことは事実だけれども、生活を工夫してよい面もあったと語る人が多いことも事実。何が幸せで何が不幸かは当事者ではないので勝手に決めつける事はできない。私が東ドイツ時代に対する思い込みはこの博物館でかなり払拭された気がする。
ドイツ大使館が「わたしのDDR」という記事をアップしているので、興味のある方は見てみてください。
最後に、下の写真はDDR時代の信号機用にデザインされたアンペルマン。東西が統一した際に、西ドイツの信号機で統一される予定だったのだが、親しみのあるアンペルマンを守りたいと活動し、現在ではベルリン市内の正式な歩行信号機となって至るところでアンペルマンの信号を見る事ができる。
